2010年11月アーカイブ

 職場の人に誘われて出来もしないフットサルをしたら、右足の靴底が前から半分剥がれました。

 プレー中はシューズをレンタルしてなんとかなったのですが、帰り道がかっこ悪い。家まで電車を乗り継いで約1時間かかります。

 歩くとき、靴底のつま先部分が地面にひっかかって、裏返って危ないので足を多買う上げねばなりません。そして、1歩歩くごとにぺったんぺったんと音が鳴り、目立ちます。

 でも、よく考えたらこれがそんなにかっこ悪いことだろうか。靴底が剥がれるなんてことは誰にでも起こりうることじゃないのか。誰かに足元を見られても同情されこそ笑われはすまい。僕は強気になってぺったんぺったん鳴らしながらも堂々とした。

 いやしかし、こんなにボロボロの靴を履いて恥じる様子も無く堂々と歩いたら、それはそれで恥ずかしいことかも。これを『無恥の知』というのか。僕は弱気になって足音を鳴らさないように慎重に歩いた。

 そして、すぐに足が疲れた。ただでさえフットサルをして疲れていたのだ。

 疲れが僕を支配して、人目を気にすることも面倒になってきた。もうどうでもいいや。

 僕は再び堂々とぺったんぺったん歩き始めた。

活動

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 今日はバンドの会議をしました。

 大雑把に月に一回くらいボーカルの家やファミレスに集まってやってます。そして、今後の活動展開、イベントの内容、物販についての検討やバンド費用の徴収などを行います。と言うと、硬い感じがしますが、ドラセナっぽい緩さは保っています。

 継続してる活動があって、それには向上心もあって、目標もある。しかもそれは一人じゃなくてグループでやってて責任もある。それは仕事ではないけどお金が絡んでる。ただの趣味とは言えないし言いたくも無い。しんどい事も、もどかしい事も、逃げ出したくなる事もあるし、楽しくも、やってて良かったと思える事もある。バンド活動は不思議です。一言では表せないです。

休日

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 素敵なイベントも終わり、次はワンマンがある。良いテンションを持続しないと。そのためにはブログもさぼってちゃいけないなぁ。

 今日は買い物(食料品)した以外は家から出なかった。休日にはよくあることです。

 平日に仕事をし、休日にはその疲れを取ったり息抜きをしたりする、そして月曜からまた仕事をがんばる。一見、普通なこの流れ。でも、これは完全に仕事を中心にした生活です。決して悪いことじゃないと思うけど、僕の理想じゃないなぁ。『仕事に生きる』というのは格好良くもあるけどその分、何かを犠牲にしてそうな気がする。それも自分の事だけを犠牲にするならいいけど、家族を巻き込んでる事があるような気がするんです。僕は家族との生活を大事にしたいし、個人的な時間や、もちろん音楽活動も大事にしたいのです。今日の寛ぎは、それ自体を楽しんでいて、決して仕事のために体を休めているのではないのです。

 明日は南堀江knaveでライブです。

 藤原弘尭セカンドミニアルバム発売記念ライブイベントです。藤原君は藤原弘尭バンド式で出るそうです。弾き語りは何回か見てますがバンド式は初めてなので楽しみです。

 ドラセナもがんばってこのイベントを盛り立てて行きたいと思います。ぜひ、足を運んでください!

 雨の月曜日、帰りの電車内。

 これと言った出来事も無い一日。僕の心は平穏の域を出ない程度にしか揺らいでいません。

 今、電車内で『ハーディ短編集』を感情移入も程ほどに読み終え、ブログの文章でも考えるかー、と携帯に考え考え文章を打ち込んでいます。家に帰ってからその文章をそっくりそのまま打ち込むのですが、この文章をパソコンで打ち込む時は『今現在』の状況は『電車の中』でなく、『家の中のパソコンの前』になるのです。

 つまり、文章を考えている今現在は電車の中なのに、家に帰ったら電車の中の出来事は過去になる。だから、このブログを過去形で書けば良いのか現在形で書けば良いのかわかりません。

 現在形で書けば文章を考えているのはパソコンで文章を入力している僕からすれば過去の事なので、嘘になります。かと言って過去形で書けば文章を考えているのは今現在、電車の中にいる僕なので、過去の出来事として書けば嘘になります。

 困った。

 ただこれだけは言える。この文章を読んで理解しようとすれば無駄に疲れるでしょう。(仮定形)

義理の姪

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 義理の姉夫婦の誘いにより、ホテルの53階で中華のランチバイキングをしました。

 義姉夫婦には3歳にならないくらいの娘がいて、その子はとてもかわいらしい。自分の子供じゃないからかも知れないが見てて飽きない。やることなすこと興味深い。僕は子供に遊んであげるのが得意ではないので、子供の方も僕に近寄りにくいみたいですが、たまに目を合わせて微笑んでくれるとよりかわいく感じます。父性本能が刺激されているのかも知れません。

 自分の子供だったら溺愛必至でしょう。でもまだ、具体的には子供が欲しいとは思いません。まだ、僕の中に父親になるだけの準備が整っていません。精神的にも環境的にも。でも、それは子供ができたら自然に具わるものなんでしょうかね。 

 僕の気に入っている、名著を漫画化する『漫画で読破』シリーズです。

 これは実際のマルクスの著した『資本論』とは大きく違うようです。実際の『資本論』はマルクスの思想をや研究を論文形式で書かれたものらしいのですが、これは読み易くとっつき易くするためにストーリーのある漫画に要点を盛り込んだ形になっています。そのためかちょっと内容が薄い印象を受けました。

 資本主義に対する批判的な内容です。資本家は労働者を金で雇い、その労働力にによって更なる利益を得ます。たとえばある商品がコイン10枚で売れる価値があるとして、そのうち、4枚分が原材料費、他の4枚分が設備費などの人件費以外の諸経費、残り2枚分から人件費を引いたものが資本家の利益となります。実際に労働によって価値を生み出したのは労働者であり、資本家は金を出して指図したにすぎません。労働者に2枚の金貨の値打ちの大部分を得る権利があるように思いますが実際には資本家がほとんどを持っていきます。立場上、資本家が優位に立っているので、その優位性を生かして労働者をできるだけ安い賃金で酷使すればするほど、資本家が儲かるという構図になります。これが「搾取」です。

 現在では労働者の権利が保障されて、マルクスの時代よりも随分、緩和されたようですが基本的には資本主義であることは変わりないように思います。マルクスは理想として共産主義を打ち立てたらしいですが、現代では共産主義の国よりも資本主義の国の方が経済的に豊かで力を持っているというのが現実のようです。

 因みに僕は何主義者でもありません。主義を標榜するほど知識も無く世の中が見えていません。

満員電車

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 何かトラブルの影響で地下鉄が混雑しました。

 満員電車。本を読む余裕すらないくらい他人と密着して、電車が揺れた時なんかは開き直って他人に体重を預けたりする。こんなことに慣れきってしまっている。

 不思議と言えば不思議です。こんなに密着している相手に全く関心を示さないなんて。いや、むしろ全くの他人にこんなに密着して当たり前でいるなんて。

 僕がもし満員電車というものが存在しない文化に生まれ育って、この世界に突然ワープしたならば、絶対に恋人を電車に乗せたくないと思うはず。とんでもないことがまかり通っている世界だと感じるかも知れません。

 どこかで他人の言動や習慣が奇妙に感じたら、自分が傲慢になっていないか自問すべきだと思う。

go into the red

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 昨日は溜まっていたバンドの会計処理をしました。

 世の中のバンドマンはほとんどが赤字だと思う。中には収支が釣り合ってる人もいるでしょう。ほんの少し利益が出ている人もいるでしょう。そして、ほんの一握りの人間が音楽だけで生計を立てている。ピラミッド構造です。

 ドラセナはどの位置なのかと言うと・・・・イメージを損ないかねないので公表は控えましょう。

 ただ、現在の位置は永遠ではない。若い僕らには希望がある。今の出費は未来への先行投資です。この先どう転ぶかわかりません。かといって、僕らには』無計画な投資によるハイリスクは終えません。僕らはもう若くはないのです。加齢に伴い希望よりも、現在の生活のほうが重みを増してきます。

 音楽と生活。この二つが間にあるお金を引っ張り合ってる状況です。

昼と夕方、ベランダから意識的に外を眺めます。昼は主に空の様子を見上げて、異常なしと確認、向かいのマンションの洗濯物を何とはなしに風景程度に流し見をして今日もみんな生活やってるねえと実感します。

夕方は、わたしのおうちは駅前なのでマンションの前の通りはお迎えの車でごった返し、いかにも往来といった様子でみんなそれぞれ今日の一日から帰っていくんだねえと心の中で労います。

労う気持ちもあれば、少し嬉しくもなります。そんなお前はどうなんだといわれればちゃんと振り返れば私の生活もそこにあります。まだ作りかけですが、一生懸命な生活、そんなのんきな私のここ最近です。

そういや、今日はここ最近のブログの作者と違いますよ。悪しからず。

とりとめなく

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 今日はこれといって何もないなぁ。

 書くべきことが何もない。そもそも書くべきこと、つまり書かなければならないことなんて何もないか。書きたいことが何もないというのが正しいのでしょう。しかし、書きたいことってなんなのか。僕が何を世間に訴えたいことがあるのか。特にブログに対して何らかの反応を求めているわけではないのに。でも読んで欲しいとは思っている。そして、ちょっとでも面白いとおもってくれたらありがたいと思う。でも、読んだ感想を返して欲しいとは思わない。投げっぱなしで満足している。反応が怖いのかも知れない。反応が無いからこそ色んなことを書けるような気もする。よくわからない。考えるのも面倒になってきた。

 世間の人は何を思ってブログとかミクシィとかツイッターとかしているのでしょうか。

 

南車輪

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 大きなイベントのひとつミナミホイールが終わりました。

 同時に幾つものライブが行われている中で、意識的であれ偶然であれ、あの時間、あの場所に足を運んでくださった皆様に感謝します。

 ありがとうございました。

 見ていただいた皆様に働きかける何かを残せたなら幸いです。

 年内にまだライブがいくつかあり、12月11日にはワンマンも決定しております。

 少しでも何かを感じられた方、次はもっと頑張りますので見に来てやってください。

意気込む

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 明日はミナミホイールです!

 気持ちを高めるためにも昨日、散髪してきました。初の試みで1回1000円の理髪店。店内に足を踏み入れるとお客さんの平均年齢は50歳くらいでした。僕はうまく希望の髪型を説明できず、だんだん怪しい方向に。髪型だけで僕の年齢が10歳上がりそうでした。あげくに「いつも、どのあたりで分けてます?」と担当の中年女性に聞かれました。、七三とかセンターとかそういうことか、うーむ。 「バリカンで坊主にしてください」、担当女性は苦笑いでした。こういう薄利多売、回転率命の店でこんな二度手間をさせてしまい申し訳なくなりました。

 まぁ、とにかく、頭はさっぱりして気持ちは新鮮になりました。明日はがんばります。初披露になる新曲2曲の素晴らしさを伝えられますように!

 16:00からミドルエリアのAtlantiQsです。覗きにきてください。

一期一会

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 パソコンがメンテされて帰ってきました。故に2日前のブログでもアップしましょう。

 

 僕は往来を歩いていた。

 「???知ってる?」

 「はい?」

足を止めて振り返ると、自販機に凭れてしゃがんでいるおじさんがニコニコしている。

 「橋幸夫知ってる?」

おじさんの凭れている自販機では酒を売っている。

 「あの、歌手の?」

 「橋幸夫、知ってる?」

答えになっていない。

 「いや、世代じゃないんで」

僕の返答までちょっとおかしくなった。

 「そうかぁ、知らんかぁ、そうかぁ」

 「あ、はい、失礼します」

僕は愛想の良い表情で立ち去ったが、内心、あっさり立ち去ったことを少し後悔していた。日常の隙間に突如現れたワンダーランドへの入り口を逃したような気がした。

 

反省ブログ

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 すいません、決してブログに飽きたのではないのです、僕にしてはなかなか忙しく更新できなかったのです。そしてこのあとも3日ほどPCを修理に(兄に)出すので更新できません。帰ってきたらまた(ほぼ)毎日更新しますので。

 さて、昨日は自業自得ながら良くない日でした。

 職場の車を僕が傷つけてしまったために代車で仕事をしていたのですが、その代車の鍵まで紛失してしまいました。不注意の2連鎖です。罪の意識にボーナスポイントが加算されます。昨日はそのアクシデントの対応と顛末書の作成で半日以上費やしてしまい、仕事の負担を同僚や上司にかけてしまい、ボーナスポイントの倍率は上がり、罪の意識は青天井、いや、底なし沼でした。

 上司は「今度、お守りを買ってきてあげるわ」とやさしく言ってくれました。僕の失態でしかない出来事の責任を運勢に転嫁してくれたのです。反省の苦手な僕も今回ばかりは反省しました。

 今日一日には特筆すべきことはない。だから、昨日観た映画を。

 『ヴェニスの証人』 主演」:アル・パチーノ

 この作品はシェイクスピアの原作を結構忠実に映画化しているように感じました。しかし、これを映画化した監督と原作を書いたシェイクスピアでは表現したかったものが全く違うのでは感じました。作品の中でユダヤ人が差別的に扱われているのですが、その捉え方がおそらく違う。

 おそらく、作品の舞台になっている時代はシェイクスピアが実際に生きていた時代とそう違わないと思います。作品の中でユダヤ人はマイノリティであり、世間(キリスト教徒)は当然の感覚としてユダヤ人を差別しています。だから、シェイクスピアは悪役であるユダヤ人が小気味良く懲らしめられる勧善懲悪のエンターテイメントとしてこの戯曲を書き上げたと思います。

 しかし、ユダヤ人に対する差別意識が一般的でない現代人が観るとこの作品は複雑で考えさせられる作品となります。

 こういう作品を観るたびに僕が当然のように正しい思っていることが、ある人からみれば罪悪なんじゃないかと自信がなくなります。

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